【保育の現場から】のりが足りない日ほど言葉が増える
子どもたちと保育士たちとの心温まるふれあいの日々。
忙しい日常に、ほっこりしたひと時をお届けできればうれしいです。
製作の時間は、指先より先に心が動く
5歳児クラスの製作は、机の上がにぎやかです。
色紙、折り紙、マーカー、毛糸、シール、端切れ。
道具が増えるほど、子どもたちの“考え”も増えます。
そして考えが増えるほど、ぶつかりそうになります。
ぶつかる前に、言葉が出るかどうか。
その分かれ道が、製作の時間にはよく現れます。
この日は「お店屋さんごっこ」の準備で、看板と商品を作る日でした。
それぞれが自分の担当を決めて、机ごとに小さなお店が立ち上がっていく。
私は毎年この光景を見るたび、「仕事ってこうやって始まるんだな」と思います。
いちばん人気は、なぜか“金色のシール”
始まってすぐに、人気が集中したものがありました。
金色の丸いシールです。
キラキラしていて、貼るだけで商品が“高級”になります。
子どもたちの価値づけが、実に分かりやすい。
「それ、わたしの!」
「さっきから使ってる!」
「あとでって言ったじゃん!」
声が少しずつ大きくなり、机の空気がピリッとしました。
言い合っていたのは、TちゃんとUちゃんです。
二人とも真面目で、普段は優しい。
でも、譲れないときは譲れない。
その「譲れない」の使いどころが、5歳児はぐっと上手になってきます。
「貸して」と「譲れない」の間に、いくつも道がある
私は間に入って、すぐに結論を出しませんでした。
「順番ね」と言えば早い。
でも今日は、二人が自分の言葉で道を見つけられそうな顔をしていたからです。
「どうしたの?」とだけ聞きました。
Tちゃんはすぐに言います。
「金のシール、ケーキに使いたいの。ここ、いちばん上に貼るって決めてた」
Uちゃんも負けずに言います。
「わたしは指輪にするの。お客さんが“すごい!”ってなるやつにしたい」
どちらも、ちゃんと理由がある。
「使いたい」じゃなくて、「こうしたい」。
5歳児の製作は、想像の設計図が頭の中にあります。
だから取り合いは、単なる物の奪い合いではなく、計画のぶつかり合いです。
私は机の端にあった銀色のシールを指さしました。
「銀もあるけど、今日は金がいいんだね」
二人は同時にうなずきました。
ここは一致。
救世主は、のりでも先生でもなく「ハサミ担当」
そのとき、別の机からRくんがやってきました。
Rくんは、今日の「ハサミ担当」です。
勝手に名乗っただけですが、本人は誇りを持っています。
Rくんは二人の顔を交互に見て、ぽつりと言いました。
「金、切れば?」
子どもたちの提案は、ときどき大人の想定を超えます。
シールは切ってはいけない、と思い込んでいたのは大人の方でした。
Rくんは続けます。
「半分にして、はんぶんずつ。ケーキは丸じゃなくてもキラキラする」
Tちゃんが一瞬止まりました。
Uちゃんも止まりました。
二人とも、「負ける」のが嫌なのではなく、「計画が崩れる」のが嫌だったのです。
計画が崩れない道が見えた瞬間、顔が変わります。
切った金色は、負けじゃなくて工夫になる
私は子どもたちに選択を渡しました。
「切るの、やってみる?」
Tちゃんは小さく言いました。
「…三角でも、ケーキはかわいいかも」
Uちゃんも言いました。
「指輪、丸じゃなくても、宝石っぽい」
こういう瞬間の5歳児は、すごい。
譲りたくない気持ちを、工夫に変えるのです。
そして工夫に変えた途端、堂々と胸を張る。
Rくんがシールを丁寧に半分に切りました。
切り口が少しギザギザになって、逆に宝石感が増しています。
Uちゃんが「これ、ダイヤみたい」と言うと、Tちゃんも「ケーキの星みたい」と笑いました。
のりが足りない事件が、次の交渉を呼ぶ
ところが、事件はこれで終わりませんでした。
今度は、のりが足りなくなったのです。
誰かが大量に使ったわけではありません。
毛糸を貼ったり、厚紙を重ねたり、みんなが「本気の作品」を作り始めると、のりはあっという間に減ります。
「先生、のりない!」
「ここ、はがれる!」
声が飛び交います。
私は予備ののりを出しながら、あえて一つだけ言いました。
「のり、今あるのを“分ける”のも、作るうちだよ」
すると子どもたちは、自然に交渉を始めました。
「先にここだけやっていい?」
「貸すけど、フタ閉めてね」
「ちょっとだけ、ちょっとだけね」
「ちょっとだけ」が何回も出てきて、教室が少し可笑しくなります。
大人の世界でも、「ちょっとだけ」は便利です。
それを5歳児が使いこなし始めるのを見ると、思わず笑ってしまいます。
お迎えで聞いた「家ではこんなに話さない」
お迎えのとき、Tちゃんのお父さんが言いました。
「今日、何作ったの?って聞いても、家だと『ふつう』しか言わないんです」
私は、今日のTちゃんの言葉を思い出して伝えました。
「ケーキの一番上に金を貼るって決めてたんですよ。でも、切って星みたいにするって工夫してました」
お父さんは驚いた顔をして、すぐに嬉しそうに笑いました。
「そんなこと考えてるんだ」
園では、材料と仲間があるぶん、頭の中の設計図が言葉になりやすい。
家では照れたり、言葉にする前に終わったりする。
どちらもその子らしい姿です。
まとめ
5歳児クラスの製作は、作品を作る時間であると同時に、言葉で折り合いをつける練習の時間でもあります。
「貸して」と「譲れない」の間には、順番も、半分こも、工夫もあります。
そして、その道を子どもたちが自分で見つけたとき、作品は一段と輝きます。
今日、金色のシールは半分になりました。
でも半分になったことで、ダイヤにも星にもなりました。
のりが足りなくなったことで、「ちょっとだけ」の交渉が増えました。
足りないものが出る日は、子どもたちの言葉が増える日。
そんなことを、机の上の小さなキラキラが教えてくれた製作の時間でした。