【保育の現場から】発表会「やらない」って言ったのに

Hinano
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子どもたちと保育士たちとの心温まるふれあいの日々。
忙しい日常に、ほっこりしたひと時をお届けできればうれしいです。

3歳児の発表会は、練習より本番が本番

3歳児クラスの発表会は、こちらが思い描く通りには進みません。

練習で完璧だった子が本番で固まったり、練習では見向きもしなかった子が当日に突然、主役みたいに声を張ったり。

舞台の上は、子どもたちの「今の心」がそのまま映る場所です。

今年の3歳児クラスは、小さな動物のお話に合わせて、歌と簡単な踊りを入れた出し物にしました。

衣装は耳のついた帽子。

みんなが自分の動物になりきって登場する、かわいらしい構成です。
そして、事件は当日の朝に起きました。

当日いちばん静かな子ほど、胸の中が忙しい

登園してきたRくんは、いつもは「せんせー!」と飛びついてくる子なのに、その日は玄関で靴を脱いだまま、じっと立っていました。

私はしゃがんで顔をのぞき込みます。

「おはよう。今日は発表会だね」

Rくんは小さくうなずいたあと、ぽつり。

「やらない」

声は小さいのに、言葉ははっきり。

3歳児の「やらない」は、反抗よりも、心のブレーキの音に近いことがあります。

恥ずかしい、怖い、うまくできる気がしない、見られたくない。

いろんな気持ちが混ざって、短い二文字にまとまって出てくる。

私は「やるよ」とは言いませんでした。

代わりに、今日の役割を一段小さくして渡しました。

「そっか。じゃあ“出ない”でもいいよ。帽子は、持っておこうか」

Rくんは帽子をぎゅっと抱えました。

抱えられたなら、それだけで今は十分です。

見出し:袖に並ぶと、帽子の耳だけが元気になる

本番直前、舞台袖は独特の空気になります。

照明の熱、客席のざわめき、ピアノの音。

3歳児には刺激が多く、胸がいっぱいになりやすい。

そんな中で、帽子の耳がぴょこぴょこ揺れているのが、なんだか頼もしく見えるから不思議です。

Rくんは列の最後に立ち、私のエプロンの端をつまんでいました。

握る手ではなく、つまむ指。

3歳児らしい、ぎりぎりの参加の仕方です。

私は小声で聞きました。

「袖までは来られたね。ここまで来たの、すごいよ」

Rくんは返事をしません。

でも、エプロンをつまむ指が少しだけ強くなりました。

3歳児の“やる”は、いきなり全部じゃない

出番。

一人ずつ名前を呼ばれ、動物になって舞台に出ていきます。

客席からは、スマホの小さな光がきらきら。

保護者の方々の顔は、心配と期待が混ざった、あの独特の表情です。

Rくんの番になりました。

私は一歩だけ前に出て、Rくんの目の高さに合わせて言いました。

「出なくてもいいよ。帽子、ここで持っててもいいよ」

するとRくんは、帽子を頭にのせました。

のせただけ。

まだ出ない。

けれど、のせた。

その瞬間、後ろにいたSちゃんが、袖からひょいっと顔を出して小声で言いました。

「Rくんのうさぎ、かわいいよ」

3歳児の言葉は、飾りがないぶん、効きます。

褒められたというより、「見ていいんだ」と許可が出たみたいに、Rくんの目が動きました。

そして、Rくんは舞台へ――ではなく、舞台の“境目”まで行きました。

幕の影に半分隠れた場所。客席からは、たぶん耳だけ見えるくらい。

でも、その耳が、ぴょこんと揺れました。

踊らないのに、いちばん見ていた子

出し物が進み、歌が始まります。

Rくんは踊りません。大きな声も出しません。

ただ、みんなの動きを、ずっと見ていました。

視線が忙しい。口が少し開いている。

胸の中で、同じ動きをなぞっているのが分かります。

途中、決めポーズの場面になったとき、クラスの子たちが両手を上げました。

その瞬間、Rくんの右手が、腰の横でちょん、と上がりました。

胸の高さでもなく、肩の高さでもなく、腰の横。

でも確かに、上がった。

私は舞台袖で、心の中だけで拍手をしました。

3歳児の一歩は、派手じゃない。だけど、本人にとっては大冒険です。

お迎えで、保護者の目にいちばん残ったもの

発表会が終わり、片付けの合間にお迎えの時間。

Rくんのお母さんは、目元をそっと押さえながら言いました。

「すみません…朝、家でも“やらない”って言ってて。もう出られないかと思ってました」

私は、今日の“事実”を丁寧に返しました。

「舞台の端まで行けました。帽子も自分でかぶって。最後、手も少し上がりましたよ」

お母さんは驚いた顔をして、それから、ふっと笑いました。

「耳だけ見えてたの、うちの子ですよね?」

「はい。耳、すごく頑張ってました」

お母さんが笑いながら泣くので、こちらもつられて目が熱くなります。

発表会は、子どもだけじゃなく、大人の気持ちも揺らす行事です。

まとめ

3歳児の発表会は、「できた/できない」で測るものではなく、「どこまで行けたか」を見つける時間だと、私は思っています。

舞台の真ん中で踊れなくても、袖まで来た。帽子をかぶれた。

耳だけでも見せられた。

腰の横で手がちょんと上がった。

どれも立派な“発表”です。

「やらない」と言ったRくんは、結局、やらなかったのかもしれません。

でも同時に、確かに“やった”のです。

3歳児の勇気は、いつも静かで、でも忘れられない形で残ります。

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