【保育の現場から】ときどき「応援」が勝ち負けを追い越します

Hinano
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子どもたちと保育士たちとの心温まるふれあいの日々。
忙しい日常に、ほっこりしたひと時をお届けできればうれしいです。

今日はホールで運動遊び

朝から雨で、園庭がしっとりしていました。

「きょう、そと、むり?」と聞いてくる声が、あちこちから飛びます。

4歳児クラスは、体を動かせないと気持ちが渋滞しやすい年頃です。

そこで今日は、ホールで運動遊びをすることにしました。

マットと平均台とフープを並べて、最後にコーンを回って戻る「サーキット」です。

子どもたちは準備の段階から、目がもう走っています。

4歳児の「できる」は、見せたい気持ちでできている

スタート位置に並ぶと、先頭のHくんが胸を張りました。

「ぼく、いちばんはやいよ」と、宣言も忘れません。

こういう宣言は、強がりというより、景気づけです。

4歳児は「できる自分」を周りに見せたい気持ちが、ぐっと育ちます。

その分、失敗が恥ずかしくもなります。

ホールの端で、Sちゃんが靴下を直しながら、じっとコースを見ていました。

目は真剣なのに、足が一歩前に出ない。

この「見てる時間」も、立派な準備です。

ゴールテープで、小さな事件が起きる

一周目は、みんな勢いよく走りました。

マットで前転をする子もいれば、前転はやめて「ごろん」で通る子もいます。

平均台は、堂々と渡る子と、手を横に広げて慎重に進む子に分かれました。

そして問題は、ゴールに置いた「テープ」でした。

「ゴール!」が分かりやすいように、細長い布を持っていたのです。

ところがHくんが走ってくると、布を持つ係のKくんが、なぜかテープをぐいっと引きました。

Hくんの胸が、テープに引っかかりました。

びよん、と布が伸びて、Hくんの顔が止まります。

次の瞬間、ホールに響きました。

「いまの、ずるい!」

Kくんは慌てて首を振りました。

「ずるくない!」

「だって、ひっぱった!」

「ひっぱってない、もっただけ!」

4歳児の言い分は、どちらも本気です。

そして本気だから、声も大きい。

周りの子が、ぴたりと止まりました。

この止まり方が、また可笑しいのです。

さっきまで忍者みたいに走っていた子たちが、急に裁判官みたいな顔をします。

応援が生まれたら、空気が変わった

私はすぐに「はい解散」とは言いませんでした。

ここは、言葉で折り合いをつける練習の場でもあるからです。

「Kくんは、どうしたかったの?」と聞きました。

Kくんは少し考えて、ぽつりと言いました。

「はやすぎて、こわかった」

持っている手が震えて、テープが動いたらしいのです。

Hくんは一瞬だけ黙りました。

黙ったあと、ちょっとだけ言い方を変えました。

「じゃあ、ひっぱらないで、もってて」

Kくんは大きくうなずきました。

ここで終わるかと思ったら、Sちゃんが前に出てきました。

そして、今まで見ていたコースを指さして言いました。

「わたし、ゴール、やる」

さっきまで一歩が出なかったSちゃんが、ゴール係に立候補したのです。

Sちゃんはテープを持ち、肘を体にくっつけて、じっと構えました。

その姿が、なんだかプロっぽい。

二周目が始まると、Hくんは走りながらSちゃんをちらっと見ました。

そして、ゴール直前で少しだけスピードを落としました。

スピードは落としたけれど、「口」だけは勝ち気です。

「いまの、セーフ?」

Sちゃんは真顔で答えました。

「セーフ」

この短いやりとりが、たまらなく4歳児です。

大人からしてみれば「セーフってどういうこと?」なのですが(笑)、子どもたちの会話はちゃんと成立しているんですね。

それから不思議なことが起きました。

走る子たちが、ゴール係に向かって声をかけ始めたのです。

「もてる?」

「だいじょぶ?」

「いくよー!」

Hくんまで言いました。

「Sちゃん、がんばって!」

負けたくない気持ちが強い子ほど、応援を口にしたときの破壊力がすごいです。

その瞬間、勝ち負けの空気がふわっと薄まり、ゴールテープを握りるSちゃんへの「応援」がメインイベントと化していきました。

お迎えで聞いた「家でもやる!」

夕方、お迎えに来たSちゃんのお父さんが、少し驚いた顔で言いました。

「今日は運動遊びって聞いてたんですけど、Sは参加できましたか?」

私は、ゴール係の話をしました。

「最初は見ていたんですけど、途中から自分で『ゴールやる』って言って、みんなの走りを受け止めていました」

お父さんは目を丸くしました。

「家だと、できないって言う方が早いんです」

そこへ、靴を履きながらSちゃんが割り込みました。

「パパ、こんどは、わたしもはしる」

言い切って、にこっと笑いました。

お父さんは笑いながらも、ちょっとだけ目元が緩みました。

「じゃあ…公園で付き合わないとだね」

私は心の中で、小さく拍手しました。

園での一歩が、家庭の一歩にもつながる瞬間です。

まとめ

4歳児の運動遊びは、体を動かすだけの時間ではありません。

「速い」が誇りになったり、「失敗」が恥ずかしくなったり、「見ている」が準備になったりします。

そして、ときどき「応援」が勝ち負けを追い越します。

今日のホールでは、ゴールテープの小さな事件から、言葉の譲り合いが生まれました。

負けたくないHくんの「がんばって!」が出た瞬間、クラスの空気が一段やわらかくなりました。

走った距離よりも、言葉の往復がよく残った日でした。

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