【保育の現場から】「たべない」の奥にあった小さなプライド
子どもたちと保育士たちとの心温まるふれあいの日々。
忙しい日常に、ほっこりしたひと時をお届けできればうれしいです。
給食の時間は、成長がいちばん見えやすい
保育園の給食の時間は、ただ「食べる」だけの時間ではありません。
食具の持ち方、座り方、食べる速さ、表情、周囲との関係。
子どもの成長と気持ちが、いちばん分かりやすく表に出る時間でもあります。
そして同時に、保護者の不安が集まりやすい時間でもあります。
「ちゃんと食べていますか?」
この質問を、何度聞いてきたことでしょう。
「今日は、たべない」宣言をしたFくん
年中クラスのFくんは、その日、席に着くなりこう言いました。
「きょうは、たべない」
泣いているわけでも、怒っているわけでもありません。
お箸をきれいに揃え、背筋を伸ばし、実に落ち着いた顔での宣言でした。
メニューは、鶏の照り焼き、ひじきの煮物、味噌汁、ごはん。
特別嫌いなものばかりではありません。実際、前の週には同じような献立を完食していました。
「どうして?」と聞くと、Fくんは少し考えてから答えました。
「おなか、すいてないから」
大人の感覚からすると、給食前に十分遊んでいるし、お腹が空いていないはずがない。
でも、子どもの言葉は、事実だけでできているとは限りません。
「食べさせる」より先に、守りたいもの
ここで無理に一口目を促すこともできます。
「一口だけでいいよ」
「残すと午後元気が出ないよ」
けれど、その日のFくんの様子を見て、私は少し待つことにしました。
Fくんは、自分をしっかり保とうとしている顔をしていたからです。
実は数日前、Fくんはクラスで「赤ちゃんみたい」と言われた経験がありました。
食事のときにこぼしたことを、別の子にからかわれたのです。
その場では大きなトラブルにはなりませんでしたが、Fくんの中には確実に残っていました。
「たべない」という選択は、Fくんなりの“コントロール”だったのかもしれません。
自分のペースを守るための、小さなプライド。
周囲の子どもたちの視線と、静かな空気
給食の時間は、集団の力が強く働きます。
「なんで食べないの?」
「それ、おいしいよ」
善意の言葉でも、今のFくんには負担になる可能性があります。
私はさりげなく声をかけました。
「今日は、食べる量を自分で決めていい日なんだよ」
それだけで、周囲の子どもたちは納得します。
ルールがあると、安心するのもまた子どもです。
ほんの一口が、生まれた瞬間
しばらくして、Fくんは味噌汁にそっと手を伸ばしました。
誰に言われるでもなく、静かに一口。
私は大げさに反応しませんでした。
「食べたね」とも言いません。
ただ、目が合ったときに小さくうなずいただけです。
Fくんは、それで十分だったようでした。
その後、鶏肉も半分ほど食べ、ひじきは残しました。
でも表情は、最初よりずっと柔らかい。
お迎えのときに伝えたかったこと
お迎えに来たお母さんは、開口一番こう言いました。
「最近、家でも食べムラがあって…すみません」
私は、事実だけを丁寧に伝えました。
「今日は最初は食べないと言っていましたが、最後は自分で選んで食べていましたよ」
そして、評価ではなく、背景を添えました。
「Fくん、自分で決めたい気持ちが強くなっている時期みたいです。それも成長ですね」
お母さんは少し驚いた顔をしてから、ほっとしたように笑いました。
「そうなんですね…。食べない=悪いこと、だと思っていました」
まとめ
給食で「食べない」姿を見ると、大人はつい心配になります。
でもその奥には、体調だけでなく、気持ちや経験、誇りが隠れていることがあります。
保育の現場で大切にしたいのは、量よりも関係。
一口多く食べたかどうかより、「自分で選べた」「尊重された」という感覚です。
その日の給食が完食でなくても、子どもの中に残る安心は、きっと次につながります。
給食の時間は、食事であると同時に、心を育てる時間。
そう実感した、静かな昼下がりでした。