【保育の現場から】連絡帳のひと言がクラスをあたためた朝

Hinano
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子どもたちと保育士たちとの心温まるふれあいの日々。
忙しい日常に、ほっこりしたひと時をお届けできればうれしいです。

連絡帳は、園と家庭をつなぐ「もうひとつの会話」

保育園の一日は、子どもたちの元気な声で始まります。

登園して靴を脱いで、上着をかけて、手を洗って。

「おはよう」と言いながら、いつもの場所に吸い込まれていく子どもたち。

その裏で、私たち保育士が毎朝そっと開くものがあります。

連絡帳です。

体温、睡眠、食事、排便、機嫌。

たった数行のやり取りのはずなのに、ここには“家庭からの小さなメッセージ”が詰まっています。

連絡帳は事務的なツールではなく、園と家庭をつなぐ、もうひとつの会話。

そして、ときどきその会話が、クラスの空気まであたためてくれることがあります。

今朝の連絡帳にあった「気になるひと言」

この日の朝、年少クラスのKくんの連絡帳に、短いけれど強い言葉が書いてありました。

「今朝は、行きたくないと泣きました。どう声をかけたらいいのか分からず…すみません。」

正直なところ、こういう文章を見ると、こちらの背筋がすっと伸びます。

“泣いた”という事実だけでなく、保護者の方が「困っている」「自信がない」と感じていることが伝わってくるからです。

私は出欠表に目を落としながら、心の中で決めました。

今日はKくんを、ただ「泣かせないように」する日ではなく、安心して気持ちを出せる日にしよう、と。

登園直後のKくんは、泣かずに固まっていた

Kくんは玄関で靴を脱ぐとき、泣いてはいませんでした。

その代わり、まるで体の中のスイッチを全部切ったみたいに静かで、表情が動きません。

手は私のエプロンをつかんでいるのに、目はどこか遠く。

話しかけても返事は小さく、いつもの元気が見えない。

こういう「泣かないけど、固まる」朝は、実はよくあります。

子どもは泣く元気すらないとき、感情を止めてしまうことがあるのです。

私は無理に笑わせることをやめて、短い言葉だけを添えました。

「そっか。今日は、ゆっくりでいいよ」

たったそれだけ。

でも、Kくんの肩の力がほんの少し抜けたのが、触れていて分かりました。

「お母さんの気持ち」を、園の中でそっと翻訳する

朝の支度を終えて活動が始まる頃、Kくんはまだ輪の外にいました。

ブロックコーナーに座るでもなく、絵本を見るでもなく、私の近くでぼんやり。

そこで私は、連絡帳の文を思い出しました。

「どう声をかけたらいいのか分からず…」

この言葉は、Kくんの気持ちを表していると同時に、お母さんの気持ちでもあります。

そして、子どもは不思議なくらい敏感に、家庭の空気を感じ取ります。

だから私は、Kくんにこう伝えました。

「きょうの朝、お母さんもね、“どうしたらいいかなぁ”って、ちょっと困ってたみたい」

「Kくんのこと、嫌になったんじゃないよ。

大好きだから、どうしたらいいか考えてたんだって」

保育士が“家庭の気持ち”を代弁するとき、気をつけたいのは押しつけないこと。

正解を教えるのではなく、子どもの中にある「安心できる見方」をそっと増やすことです。

Kくんは私の顔を見て、ようやく小さくうなずきました。

子ども同士の「ひと押し」は、いつも突然に来る

その後、Kくんはまだ動きません。

でも、空気が変わったのは分かりました。

表情が少し柔らかい。

目が周りを追い始める。

そんなとき、同じクラスのSちゃんが、何気なく言ったのです。

「Kくん、きょう、いっしょにおままごとしよ?」

Sちゃんは特別に世話好きというわけでもなく、いつもマイペースな子です。

でも子どもって、ふいに“今ここで必要な言葉”を差し出すことがあります。

Kくんは少し迷ってから、Sちゃんの後ろをついていきました。

遊びの輪に入る瞬間って、いつも大げさなドラマではなく、こういう自然な一歩で始まります。

お迎えの時間、保護者の表情が少しだけほどけた

夕方、お迎えに来たお母さんは、玄関で私の顔を見るなり、申し訳なさそうに言いました。

「朝…泣きましたよね。迷惑をかけてしまって…」

私は首を振りました。

「今日は泣くというより、ぎゅっと固まっていました。でも、少しずつ動き出しましたよ」

そして、連絡帳の言葉を返すように伝えました。

「お母さん、すごく頑張っていましたね。“どう声をかけたらいいか”って悩めるのは、それだけKくんのことを大事に思っているからです」

その瞬間、お母さんの目が少し潤んで、息がふっと抜けました。

「そう言ってもらえると、救われます…」

子どもだけでなく、保護者もまた、園で安心したいのだと思います。

“正しくしなきゃ”ではなく、“一緒にやっていける”と思えること。

それが連絡帳のやり取りの一番の価値かもしれません。

まとめ

連絡帳の数行は、小さな情報のやり取りに見えて、実は信頼の橋を架ける時間です。

子どもの泣いた朝も、保護者の迷いも、どちらも「うまくいっていない証拠」ではありません。

むしろ、気持ちが動いている証拠です。

園と家庭が同じ方向を見て、「大丈夫、ゆっくりでいいよ」と言い合えたとき、子どもは少しずつ前に進めます。

明日また泣く日があるかもしれません。

それでも、今日の「連絡帳のひと言」がつないでくれた安心は、ちゃんと子どもの中に残ります。

保育の毎日は、そういう小さな積み重ねでできているのだと、改めて感じた朝でした。

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